3月11日に起きた東日本大震災は、大変な被害と、多くの悲しみを残していった。知り合いの話しを聞くと、テレビや新聞のニュースで見ただけではうかがい知れない、地獄のような光景だったそうだ。 |
今私達にできることは、節電、不確かな情報に惑わされない、義援金を送ることくらいだけだが、助かった人たちの命を無駄にしないよう、少しでも早く安心して暮らせる世の中になることを願っています。 |
2週間前に山行を計画していたが、皆そんな気分にはなれず延期していた。 |
3年前から丹沢のミツマタ情報を知り、ずっと行ってみたかったが、去年私は直前の急用で行かれず、今年もあきらめざるを得ないかと思っていたが、なんとか実現することができた。 |
延期したので参加者が減り5名になった。昨年に引き続き今年も丹沢の達人Sさんが、ガイドを引き受けてくれた。新松田に集合し、タクシーで滝壺橋へ向かう。 |
カメラマンタクシー |
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タクシーのドライバーは、セミプロのカメラマン。頼まれて毎年カレンダー制作をしているとか。次から次と写真を見せられ、車窓から山々の案内をし、話は尽きない。あっという間に着いてしまった。 |
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滝壺橋(ミツバ岳入口) |
最初の急登 |
「いつでもご用命に応じます。」と写真付き名刺までもらった。 |
ミツバ岳は近年ミツマタで有名になり、最近はツアーまで入っているそうだ。 |
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地図には破線さえ引かれていないが、よく歩かれているようで、道もそれなりに整備されていた。 |
急斜面の杉林を登ると、早くもミツマタの花が咲いていた。カメラを向けていると、「そんなの撮らなくても、先にいっぱいあるよ」とSさん。 |
シカよけネット |
Welcomeミツマタ |
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高度が上がり、明るい雑木林に出ると大きな富士山が見えた。やはり丹沢から見る富士は、一際大きい。 |
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樹間からは、丹沢湖も望める。 |
ほぼ平らな稜線を、少し登るとミツバ岳山頂に着く。 |
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急坂を登る |
平らな稜線 |
今日は快晴。ここのところ私達はすっかり晴れ女。風もそよそよと春の気配。 |
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青空・富士山・ミツマタ |
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山頂に着くと、ミツマタ大群落。Sさんは、「ちょっと早いな~」と言うが、私達は可愛い黄色の花たちに出会え大満足。 |
青空と、真っ白の富士山が大きく、黄色いミツマタが美しいコントラスト。 |
欅の大木 |
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富士山とミツマタ |
やはり杉林の小さな株と違い、日当たりのよい広い山頂では、株も大きく幹も太い。 |
手書きの山頂標識が、ミツマタの根元に置かれていた。 |
Jさん持参の花見団子を頂いて、しばし休憩。 |
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タクシードライバーが言っていたが、ミツマタは、最初は白、そしてだんだん黄色になり、最後は黄金色に変わるそうだ。 |
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ミツバ岳ビューポイント |
ミツマタアップ |
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広い稜線は、踏み跡をたどりながら進む。案内標識は全くない。 |
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前方の権現山へは、一度下って登り返す。 |
この稜線にもミツマタが咲いているが、まだ全体に白っぽい。やはり、見頃はもう少し先かもしれない。 |
ミツマタ群生 |
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前方の権現山に向かって |
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まだ白っぽいミツマタ |
権現山への登り |
権現山(1018m) |
1時間ほどで権現山に着く。広い山頂には立派な標識が立ち、ベンチもある。 |
ぐるっと雑木に囲まれているが、今は葉がないので、富士山や周りの山々も透けて見える。 |
暖かいベンチに座り、ゆっくりランチタイム。焦ったところで、バスがない。 |
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食後は、Nさんのハモニカが、懐かしい調べを奏でる。 |
ここから浅瀬入口と二本杉方面と2つのルートがある。 |
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上ノ原登山口へ下山開始 |
急坂を下る |
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私達は北へ向かう。 ここからは案内標識はある。 |
一気に急坂を下る。 |
開けたところに出ると、蛭ヶ岳や丹沢三ツ峰山などの主稜線が望める。今度シロヤシオの咲く頃に行ってみたい。 |
丹沢主稜 |
権現山を振り返って |
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急坂を過ぎると、ベンチと石仏のある二本杉峠に着く。昔は、この峠を越えて学校に通ったり、生活していたそうだ。 |
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二箇所崩落しているところがあった。最初はひどくえぐれている所、二本杉峠を過ぎてからは、土砂で道がなくなっているところがあった。 |
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二本杉峠 |
崩落個所(道は土砂で消えている) |
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杉林をジグザグに下っていくと、薄暗い林の中にはミツマタがいっぱい!木は小さく花も遅目だが、スポットライトをあてたように咲いていた。 |
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水のない細川沢を下ると、山北茶の産地上ノ原に着いた。 |
杉林の中のミツマタ |
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茶畑と山北町 |
ミツマタの里 |
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里には、フサザクラやキブシが咲いていた。 バスの時間までまだだいぶあるので、手前のあしがら荘入口まで行き、インフォメーションセンターでお茶して待つことにした。これもSさんの案内があってのこと。 |
ミツマタは、なぜ丹沢に多いのか聞いてみると、昭和20年頃までは地域産業として、和紙の原料で、紙幣を作るために出荷していたそうだ。そのため、今でも群生地が多く、山中いたるところに散在しているということだ。最近では、町おこしに一役買っているそうだ。 |
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フサザクラ |
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電車がない! |
14:53のバスは、谷峨駅止まり。御殿場線に乗り換えるつもりが、なんと、節電のため午後は電車がない!こんな所にも計画停電の影響が出ていた。 |
次の山北駅に行けばあるそうだが、1時間以上も歩かなくてはいけない。歩いて行くグループもあったが、私達はタクシーを呼ぶことにした。行きにもらった名刺が役に立った。 |
あしがら荘入口バス停 |
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Sさんのガイドのおかげで、念願のミツマタ登山ができ感謝しています。 |
帰宅すると、被災地へボランティアで行ってきたという2Fさんよりメールが来ていた。1か月ぶりの山歩きで、浮かれ気分だった私は、心苦しく頭が下がる。添付の写真を開くのがためらわれるような、ショッキングな辛い内容だった。 |